夜の静寂が終わるのにはまだ遠く。 空気の音がするような夜だった。 聞こえるのは、遠く走る車の音と、近くに眠る人間の寝息だけだった。 何もなかったように俺も眠りたかった。 そして、起きたら目の前で幸せそうに眠っているコイツに怒りをぶつけて。 しばらくやらせてやんねぇぞ、と言おうと思っていた。 なのに。 眠れない。 やけに自分の心臓の鼓動が近くに感じた。カラダの奥のさらに芯の部分が、 俺を眠らせないように激しく昂っているようにも思えた。 外気にさらされている肌は、全ての感触に敏感になって刺激を求めている。 自分の呼吸の音にすら、酔ってしまいそうだった。 こんなんで…眠れるわけがねぇ。 もう一度横で眠る、憎たらしい男の顔を覗く。 相変わらず間抜けな顔して寝てやがる。 そしてそれに背を向けるようにベッドに横になると、ひとつ息を吐き、─一瞬だけ躊躇したあとに─パジャマのボタンを少しだけはずして、おもむろに下着の中に手を差し入れた。 「……っ」 思った通りそこは熱い。 まだ頭が冷静だからか、家の自分のベッドで、いい年こいて何をやってんだと 自分の中の理性、のようなものが少しだけ動く。 だけど、その手を動かせばそれも一切気にならなくなる。 ゆっくり。少しずつ。刺激を加えていく。 夜はまだ長い。焦る必要はないのだ。 何も考えず、手を動かしていたが、何か物足りなくて、いつもコイツとしてることを 思い出してみた。 コイツ、見た目はクールぶってるけど、俺は逆だと思ってる。 めちゃくちゃ熱いんだ、これが。 ここまでさせるのはあんたが初めてだ── などといつか言ってたっけか。 その言葉をそのまま信じるほど俺もバカじゃない。 だけどコイツの何倍かは女経験あるはずの俺が見ても、そうなのかもしれない。なんて 思ってしまう。 もし俺にしてることを過去に女にもやっていたと言われた方が、何だか気分が悪い。 ちょっと考えただけで、胸が灼ける。コイツには言わねぇけど。 昼は何だかカッコつけて、クールぶってるが、夜には本性だしやがる。 これがまたすげーんだ。 愛撫だってしつこいくらい。全身に。 ふ、とコイツの舌の動きを思い出す。 その瞬間。 「……ンッ!」 脳の奥から痺れるような感覚が下半身に突き抜けて、思わず声が出てしまう。 そうだ。 唇から胸、脇腹、そして今俺が刺激を与えているここも、それこそ女だってロクに 触らねぇそこ、とかも愛おしそうに貪る。 俺だってここまでされたの初めてだよ。 おかげで、自分でも知らねぇ、その…キモチイイ場所?みてーなのもいっぱい探してくれやがった。 「……ふッ…んッ…」 だんだん手の動きを早める。すっかり濡れてきてるからよく滑る。 スゲ…出てねぇか…? そろそろヤバくなってきた。声が出ちまう。 あまり大きな声だしてたら、コイツ起きちまうよな…。 だけど、そろそろ理性もきかなくなる。ただ身体の中心の、快楽のためだけに、 俺の身体は動く。他のことなんて考えられない。もう、どーでもいい。 「…ァッ…っ…ん…ッ」 ギュッと目をつぶる。眉間に力が入る。スパートをかけるために大きく息を吸い込んだ。 「はァ…ン…っ」 注意深く息を吐き出したつもりだったが、それは自分でも思った以上に悩ましい声で漏れた。 ヤバイ、起きるって。でも止まらねぇ。 もうすぐだから…もう…。 …もう…ッ……。 「…ん…ッ…」 「伊達さん」 !!!!!!!!!!!!! 心臓止まったかと思った。いや絶対一瞬止まっただろ。 俺は息を止め、荒い呼吸を気づかれないようにした。 寝たふり…できねぇよな…やっぱ。どこから起きてやがったんだ? このまま何事もなかったかのように、たぬき寝入りしてやり過ごしたかった。 しかし、コイツは何でかそーいうとこだけはやけに、敏感で察しがいいらしい。 「伊達さん?」 もう一度名を呼ばれた。 ずいぶんはっきりした、物の言い方だった。さっきまでの酔っぱらった感じや、寝起きの まどろっこしいしゃべりではなかった。 「…何してんスか…?」 コイツ…絶対わかって聞いてやがる。 ただでさえ昂っている身体と頭がさらに怒りで興奮してくる。 でもここは冷静に。 「…別に」 なんて言ってみる。その声だって息が上がっているのに。 今だって出る寸前で無理矢理止めてっから、めちゃくちゃツライってのに。 「ティッシュとりましょうか?」 …やっぱりわかっていってやがる。本当にハラが立つ。 「…お前、よ…」 俺はだんだん落ち着いてくる息を吐きながら、目の前のムカつく男にやっと口をきく 気になる。 身体を起こしながら、しっとりと生え際に汗をにじませた髪をかきあげる。 そして、とことんまで呆れた声で。 「ホント…悪趣味だよな…」 さっきまで絶頂寸前だったとは思えないほど、俺の気分は最悪だった。 「ずっと見てたんだろ?」 「いや…目が覚めて、トイレいきてぇなって思って…起きようとしたら、そしたら」 「いきゃいーだろ!トイレ!」 「…だって」 ふと。目の前の男が目線をはずして、口ごもる。 「めちゃくちゃ、あんたやらしかったから」 …結局俺は自分のためだけにしたと思っていたのに、またコイツを喜ばしちまった ってことか?ああ!?クソったれ! 「何か…めちゃくちゃ色っぽくて…興奮しちゃって…」 「……」 あーそーかよ。 「今度、俺の前でやって下さいよ」 「…やんねーよ!!!!」 やっぱりそうくるか。このスケベ野郎が! もうコイツの考えてることはわかってる。コイツが今何をしようとしてるのかも。 俺のきっかけ待ってやがる。こういうときだけ俺の反応見やがって。 コイツがどれだけ興奮してるのかは、空気で分かる。 顔は涼し気な顔してっけど、カラダにでてんだよ! んでそんなコイツ見てると、何か俺もそんな気分になっちまう。 目の前で躊躇しっぱなしの、根性ねぇコイツに、いつも俺から仕掛けることになる。 …最近はわざとやってんじゃねぇかと思う。 『俺がしたいのは当たり前じゃないですか。でもあんたもしたいんでしょう?』 とかいう開き直りと問いかけのような顔で俺を見る。 心と身体の奥の熱さを知られたようで、それを覆い隠すようにコイツを求める。 いつもそんな感じだ。 「…にを…」 ポツリとコイツが話す。 「あ?」 「何考えて、あんたさっき…してたんスか…?」 目線は下のシーツに落としたまま、小声でつぶやく。 「あんなやらしい声だして…何オカズにしてんのか気になったんスよ」 「バーカ…」 俺はわざとコイツの顔を下から覗き込んで、上目遣いのまま、少しかすれた声で、 「…お前にされた一番やらしいこと思ってだよ」 つぶやくと。 案の定、俺にのっかってきやがった。 わかりやすいヤツ…。 後日談。 あれからHのたびごとに、「一人でやってるとこ見せてくださいよ」とうるさい。 ホントコイツ…しょーがねーな…。 |
END
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