だっせー…。
超カッコ悪ぃ…。
新旧新人王同志の10回戦は、幕之内一歩の勝利に終わった。
フェザー級5位の沖田が、10位の幕之内に負けたのだ。
プライドが人より高い沖田には、許せるはずのない事実であった。
元々チャンピオンの伊達がスパーの相手に、幕之内を選んだ所からきている、因縁である。
伊達さんの限りなく近くにいるのは俺だ。同じジムでなければ今頃ーー
沖田にはそういった自負があった。
しかし。
伊達は幕之内を認め始めていた。
それがとてつもなく、沖田の心を嫉妬で狂わせる。
だから格下の幕之内に5位の沖田がわざわざ挑戦したのだ。
ーこれ以上伊達に近づけないようにー
沖田は、ダメージがまだ抜けないという理由でしばらくジムに顔を出していなかった。
いくら10位に負けたとはいえ、まだこれからいくらでも再起できる器である。
まさかこのまま辞めてしまうことはないだろうが…。
トレーナーたちも少し心配し始めていた。
「俺、帰りにみてきますわ。こんなことで落ち込んでるんなら、喝入れねーと駄目かもしれないし」
「おお、お前がいってくれるなら大丈夫だろ」
伊達は練習が終わったあと、ジムの近くの沖田の部屋に寄ってみることにした。
部屋の前までいってみるが、電気はついていない。
「おーい、沖田ぁ、いないのかぁ?」
チャイムを鳴らしながら問いかけてみる。
人の気配を感じ、ドアノブを回すとカギはかかっていなかった。
薄暗い部屋に足を踏み入れる。
ベッドの所にうずくまっている黒い影があった。
「沖田…体の方は大丈夫なんだろ?」
返事はない。
そのまま、伊達は電気もつけずに沖田の隣に座った。
しばらくの沈黙ののち…。
「伊達さん…」
「何だ?」
「本当は俺が1位とか、伊達さんと対等になってから、言うつもりだった…」
「……」
沖田はずっとうつむいていた。
「あんたが好きだ」
「……沖田」
「俺はまだボクシングをやめるつもりはないです…。もう…負けたくないですから、もっと
練習してもっと伊達さんみたいに強くなりたい…」
「……」
「だから…俺のこと嫌わないで下さい…。伊達さんに嫌われたら俺、ボクシングやっていく
自信ないっスよ…だから…」
「お前はよくやったよ。幕之内戦だって、あいつは新人のワクに収まらない所があるからな、
善戦してたと思う。しかし、もっと強くなれるのも事実だ。…強くなれよ、俺の近くで」
「…伊達さんの近くで…?」
「…気づいていたよ、お前のことは。ずっと前から」
沖田が驚愕の表情で伊達の横顔を見つめた。
「……は…気づいて…たんですか…?」
思わず絶望的な笑い顔になる。わかっていて、ずっと何もなかったような態度で…?
「ああ。…だからって俺に何ができる?俺は妻子もいるし、ジムも引っ張っていかなきゃなんねぇ」
「だから俺の想いには応えられないってことですか」
「いや、違うな…。責任があるからこそ、俺の方から何かできる状況じゃねぇんだな」
「……」
「ずるい大人だと思うだろ。しかもよ、お前に思われてるのが実は悪い気しねえんだ。
お前のセリフじゃねえけど、俺だってお前に嫌われたくねえよ」
「伊達さん…」
「ムシがいい話かもしれねえが、俺のこと好きでいてほしいよ」
「俺が伊達さんを嫌うわけないじゃないっすか!」
思わず沖田は声を荒げる。
「 へっ、元気でてきたな」
伊達は立ち上がって笑った。
「しかし、どこがいーのかね、こんなオッサンの」
「全部…ですよ。もっとたくさん知りたいですよ、伊達さんのこと」
「そーゆーこと真顔でいうなって」
そして笑いながら伊達は沖田の部屋をあとにした。
自分なりにきちんとした距離をおいてつきあうつもりだった。
ーーこのときまでは。
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