「日本チャンピオンの…伊達英二さんと…戦いたいです!今はそれだけです」

ブラウン管の中の幕之内がうつむきかげんに、でもまっすぐに宣言していた。
沖田は思わず握った拳に力をこめた。

仲代ジム。
いつものようにロードワークを終えた伊達が帰ってくる。
それを待っていたかのように、沖田はサンドバッグを叩く手を止め、伊達に近づいた。
「伊達さん、昨日のアレ…見ました?」
「アレ?何だ?」
「いや幕之内の…」
「ああ、俺は見てないが話は聞いてる。やっぱり俺が思った通り、根性あるヤツだなあいつ」
「俺は何か怖いですね。まっすぐさが怖いですよ」
伊達は鼻で笑いながら、沖田の肩に手をおいて歩いていった。
『お前も十分まっすぐだろうが』
ふと伊達はその足を止め、振り返らずに沖田に言った。
「どんなツラして言ってやがたんだ…?」
「ビデオ録りましたけど…みにきますか?」
ふと沖田の心が震える。
あれ以来、2人きりになることにかなり意識してしまっていた。

練習の帰り、伊達は沖田のアパートに寄って、そのビデオを見ることにした。
「俺が来るときくらいこのポスター外してくれよぉ。何か気持ち悪ぃんだよ、自分に見られてるのが」
伊達は壁にはっている自分のポスターを指さしながら、苦い顔をした。
沖田はそれには応えず、笑いながらお茶を入れていた。
ビデオの再生ボタンが押される。

「…いやこいつはマジでやべぇかもしれねぇぞ。あのロシアのアマチャンプをもし倒すことが
あれば、俺だって余裕なんてこけねえもんな。ま、どっちが来るかはマジで楽しみだけどな」
「……」
沖田の心は幕之内やヴォルグなんかのことなど考えられなかった。
部屋の空気をピリピリ感じるほど意識していたからだ。
「おい、沖田?」
「……」
一点を見続けている沖田を伊達は呆れた表情で頭をこづいた。
「そんな意識すんなよ。こっちも緊張しちまうだろ」
「…あ…」
「何だよこっちがドキドキしてきたぞ、バカ」
伊達が少し照れたように目線を逸らした。
時間が一瞬だけ止まったような錯覚を覚えて、沖田は伊達の顔を見た。
さっきまでまともに顔なんてみたら、どうなってしまうかわからないくらい緊張していたのに
いざ顔を見つめてしまうと、鼓動は高鳴るが妙に冷静になれた気がした。
「伊達さん…」
囁くようにつぶやくとそっと唇に近づく。
伊達は不器用に触れてくる唇をやさしく導く。
軽くふれただけでそっと離れると、伊達は物足りないかのように、沖田の頭を引き寄せ、
深く重ねてくる。
歯列を割ってくる舌の感触に、沖田は心臓が熱くなるのを感じた。
『もう…止まんねぇよ…』
沖田は、伊達のセットされた髪に指を這わせ、乱しながら自らも舌を絡ませる。
「は…っ」
何にも聞こえない。
お互いの息づかいしか。
まるで世界に二人きりになったような気がしてくる。
あまりに激しい快楽に沖田は目眩を覚えた。
呼吸困難になりながら、唇をはなす。そのまま伊達の着ているシャツに手をかける。
ボタンを外す指が震える。
無性に自分が子供のような気がして、気が焦る。
「バーカ、焦んなくても俺は逃げねぇよ」
伊達は沖田の震えている指をとって、キスをした。
不思議と震えは止まった。
開いた胸元に顔をうずめる。
あとが残らない程度の強さで首筋を吸う。
まるでー。
誰の物でもない、チャンピオンで妻子もいる、日本中が知っているこの男が、今は、今だけは
まるで自分のもののような気がしてくる。
錯覚でいい、と沖田は思った。この一瞬だけでもそう思ってもバチは当たんないだろう。

汗ばみ、髪も乱れ、せつなげな声をあげる。
沖田は、全身から突き上げる衝動を抑えきれなかった。
「…っ…もう…我慢できねぇ…

あまりに早い高揚感に自己嫌悪になりつつも、体を進める。
伊達はただ黙って受け入れるだけだった。
そして。
きっと一生忘れないだろう。この感覚を。
いつだって思い出せる。いつだって絶頂にいける。
それくらい体に覚えさせたい。

体を押し進めながら、沖田は目を閉じた。
苦しい表情をしているが、全身は歓喜でわなないている。
「…伊達さん…」
「…っ…何だ…よ」
「あんたが好きだ…。きっと…一生…」
「バーカ…くだらねぇこといってねえで…ちゃんと動けよ…」
伊達も笑ってはいるが、実は余裕などなかった。

初めてだから情けないくらい早くて、 とても伊達を満足させられるような内容なんかじゃ
なかったが、沖田の心も体も満たされていた。

「…どーすんだよ。全く…」
「…え…」
「いっとくけどな、お前なんかより俺の方がヤバイんだぞ、本気になったら。
俺はお前が思ってるより、全然大人なんかじゃねーぞ、 いいのか?」
「いいも悪いも…」
沖田はふてくされる伊達の顔に近づいた。
「伊達さんがいいんスよ…」
伊達はちょっとびっくりして、そしてまた呆れた表情で沖田の唇に唇を重ねた。
そのまま止まらなくなってキスの雨を降らせる沖田をそっと制した。

「俺はもう若くねぇんだからな、お前と違って。2Rはキツイぞ…」

<チャンス到来・完>