珍しくあいつがビールを買ってきた。
3本。 酒にはめちゃくちゃ弱いはずなのに。
聞いてみると、
「何か飲みたい気分なんで」
という。
しかも、ビールではなく発泡酒らしい。 (イマイチ違いがわからないんだが)
こいつにもそんなときがあるのかと思った。
しかし、こいつが酒を飲んで得したことはひとつもない。
とにかく弱いのだ。
ハンパじゃなく。
ただ弱いだけならまだいい。
打ち上げとかで介抱することにもいい加減慣れた。
が。
2人でいるときに酔ったときがタチが悪い。
遠慮がなくなるのだ。
俺に対して。
タメ口をきくとか、図々しくなる、そういうことでない。
Hが、だ。
シラフだとめちゃくちゃ抑圧されてるモノが、酔うと一気に爆発するのか知らないが、
なんつーか…。
さらにヤラシクなる。
と思う。
この前だって──。
あれはまだ東京がガンガンに暑かった真夏のころ。
荒川土手の花火大会にいった。
練馬・板橋周辺の住民にはおなじみのイベントで東京側、埼玉側と数万人の人手があるという。
土手までの道は人で溢れ、露店の列が続く。
何が悲しくてこんなイベントに男同士でいったのかといえば、実家の母親の具合が悪く、
愛子が雄二を連れて実家(といっても都内だが)にしばらく帰っていたのだ。
俺も同行するつもりだったが、ジムに関わるモロモロの手続きが難航していて、1日顔を見せにいっただけだった。
(これがまたなかなか敷居が高い家なんだが)
昼間はずっと山のような書類と悪戦苦闘していて、さすがに息がつまる。
こういうときはしみじみ沖田がいてくれてよかったと思う。
いくらサラリーマン経験があるとはいっても、やらないですむのならあまりやりたくないことだった。
やっぱり体動かしてる方が性にあってるな。
そう考えている俺の横で淡々と沖田は仕事を片付けていた。
そんなこの頃だったせいもあってパーっと遊びたかったのだ。
なので酒を買って、花火大会に繰り出したのだった。
そのときの沖田はなぜかやたらハイペースでビールの缶を開けていた。
気が付くと3本目。
いつもはコップ一杯でも酔っ払うってのに大丈夫かよ。
「何か今日はそんなに酔う気がしないんですよ」
などと赤い顔してしゃべっていた。
もうとっくに酔っ払ってんじゃねーか。
つっこみたかったが、かなり気分良さげに飲んでいたので、俺は何も言わなかった。
ドカンとひとつ大きい花火が上がる。
その度にひとくち。
「…お前本当に大丈夫かよ…。知らねーぞ俺」
「…何がですか?」
…すでにもう大丈夫じゃない気がする。
案の定、花火が終わる頃には沖田はべろんべろんになっていて、俺は花火を見にきたのか
沖田を介抱しにきたのか何だかわからなくなっていた。
この場所からはどう考えても俺の家の方が近いので、酔いを覚まさせることにした。
「オラ、ちゃんと歩けよ」
ふらふらと頼りない足取りで歩く沖田を支える。
「はい…」
片手で沖田の体を支えたまま、鍵を開ける。
この日ばっかりは愛子がいなくてよかったと思った。
とりあえず上がらせて水を飲ます。
が、まだ目はうつろだった。
「ったく、しょーがねーなー…」
「すいません…」
まぁこいつもまだ若いんだし、こういうことくらいあったっていいと思うけどよ。
俺のせいでストレスだってたまってると思うしな。
軽くため息をつくと俺も水を一気に飲み干した。
「シャワー浴びてこいよ。酒抜けっかもしれねーよ?どーせ誰もいねぇし、泊まったって
いいしよ」
「…はい…」
相変わらずおぼつかない足取りでふらふらとバスルームへ向かおうとする沖田の手に
無理やりタオルを持たせる。
ふぅ、と俺は息をはいた。
シャワーから出た沖田はバスタオルを頭からかぶり、ソファに座ってボーっとしていた。
「…おい、大丈夫かぁ?」
「はい…」
「吐くんだったらトイレで吐けよ?薬飲むなら探すけどよ」
「…大丈夫です」
一抹の不安を感じながら、俺はバスルームへ向かう。
…あんなに酔ったとこ見るのはじめてだなー…。
バスルームから出るとリビングに沖田がいない。
トイレで吐いてるのかと思ったが、バスルームの横のトイレに人の気配はなかった。
ふ、と寝室を見ると。
コイツ…俺のベッドで寝てやがる。
愛子のだったら蹴り落とす所だったんだが、まぁいいか、と近寄ると、 サイドボードの上に。
ビールの缶。
開けたて。
「てめぇ何やってんだよ!!まだ飲んでんのかよ!」
思わず声を荒げてしまった。
「…伊達さん…」
相変わらずトローンとした目で見つめてくる。
…酒乱の男と別れたがる女の気持ちが少しだけわかった気がした。
これ以上飲ませないように缶を取ろうとした腕を沖田の熱っぽい手が強く掴む。
そのまま強く引かれて倒れこんだ。
「…伊達さん…」
「…お前なぁ…」
酔っ払っているからなのか、俺を抱く手に力がこもっている。
「俺、やだぞ…酔っ払ったお前とすんの」
近づけてくる顔を手で押し返した。
「…はい?」
それにも構わず俺のパジャマのボタンをはずしにかかる。
「酒の勢いでやっても、おもしろくねーもん」
今度は、もう少しだけ力をこめて、沖田の肩を引き離した。
「離れろって」
ぐい、と押した手を逆に掴んで、その腕に唇を寄せてくる。
「大丈夫ですよぉ」
全く大丈夫とは言えない口調で、俺の腕を二頭筋から手首にかけて そっと舐める。
「何が大丈夫なんだよ。お前ベロベロじゃねぇか」
「だから大丈夫ですって」
沖田は視線を俺に向けて、
「あんたのイイとこは、全部覚えてますから」
「……!!」
なんつーことをいうんだ、こいつは。
いくら酔っ払っているからとはいえ(でもシラフでも平気でいうんだ、コイツは)
とんでもないこといいやがる。
パジャマの前を開けられて、俺の肌に吸い付いてくる。
「例えば…」
沖田の吐息が首筋にかかる。
「こことか…」
そのまま首筋に唇を這わせる。
「…っ」
こいつ…本当に酔ってるんだろうな。
実はとっくにシラフなんじゃねぇのか?
「ここも…ですよね?」
耳たぶを軽く噛む。そして、ゆっくりと力をこめてゆく。
「…んッ…」
俺が声を出すまでやめない。…ホントムカつくんだよな。
「…違います…?」
そしてまた俺が返事に困るようなことをいう。
俺が返しあぐねている様をみてまた興奮してるんだぜ、こいつ。
黙ってる俺の顔を手で挟み込んで、そのまま唇を重ねてくる。
「んッ…」
かなり強引に舌が入ってきた。
しかも、なかなか離しやがらねぇ。
「…っ、い、き…できねーだ…ろッ…」
本気の力で沖田の顔を離した。
そんな俺の行動にも全く何も思わず愛撫を続けていく。
そのまま、胸、脇腹、と舌を丹念に這わしていく。
こいつの舌…熱いな…。
沖田の頭に指をからめる。
え…俺の身体か?…熱いのは…。
わからねえ…いや…どっちでもいいか…。
そして、舌はそのまま下に降りて…
………。
ん?
コイツ…
寝てやがる…。
マジか…?
上半身を起こして顔を覗き込んでみるが、かなり本気で熟睡だ。
俺は中途半端に服をはだけさせたまま呆然とした。
本気かよ!お前がやりたかったんじゃねぇのかよ!
途中でほっとかされた俺はどうなんだよ!!!!!
かなり大声で叫びたかったが、それをいってしまうとまるで俺がめちゃくちゃしたかったみたいな気がしてくるので悔しくも言葉を飲み込んだ。
そして、力なく、
「… マジかよ…」
つぶやくしかなかった。
ぞんざいに沖田の身体を横に転がした。勿論そんなことでは起きない。
かなり気持ちよさそうに寝息をたてている。
ふぅ、と俺は息を吐いた。
熱い──
熱くてしょうがねぇ。
あまりのこれからの夜の長さに少しげんなりしてしまった。
夜が明ける気配はまだない。
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